うたろぐ

twitterよりもうちょっと書きたいこと用

ジャパニーズソードはソウルオブサムライ - 47RONIN

映画『47RONIN』公式サイト 大ヒット上映中!映画『47RONIN』公式サイト 大ヒット上映中!
47RONIN、ちょっと前にというか、封切り日に見てきました。

「こんなの忠臣蔵じゃない」は完全に封印して、軽い気持ちで見ようという心構えで鑑賞

以下ネタバレ



























でも気になる。まずは全体的なビジュアルイメージというか特に衣装。アジアのどこかがごっちゃになった風。中華、蒙古、朝鮮の影響が色濃く見える

こう、知識少ない外人デザイナーが、さあ日本ぽい衣装をデザインするぞーと、ググって資料集めしつつも、今まで主に映像作品とかで、なんとなくインプットされたアジアっぽいステレオイメージに引きずられながらできあがった感じ

女性は韓国宮廷モノっぽい影響がうかがえるんだけど、柴咲コウのあのばかでかい立て襟が謎。あれは何を参考にしたんだろう

ラスト・サムライはまだ、がんばって作ったジャパンって感じだったけど、47RONINは、東アジアのどっか

韓国は文化輸出に力入れてるだけあってビジュアル露出の機会が多いってのが大きいのかもしれないけど、逆に日本の時代劇で海外コンテンツとして成功、というか国内でもジリ貧になってきてるのが痛い。「こんなん日本じゃない、○○を見て勉強し直せ!」の○○にあたる作品がないんだよね。黒澤映画も遠くなりにけり。だよなあ。黒澤時代劇って一番評価高いのって白黒時代だもんね



あと、地形がいちいち大陸なのに置いてる小物がジャパンなのが、ここではないどこかのジャパン感で笑う。見渡す荒野にぽつりと一本の灯籠とかかなり笑える。灯籠って街灯なんですけど。そんな見晴らしの良い街道に一本だけの謎の灯籠。

まあラスト・サムライでも、騎馬が横並びできる街道って、どこの日本だ。ってことをやってたし、ハリウッドに日本のせせこましい島国の生態系を理解した上で劇場作品として見応えのある絵作りをしろというのは、さすがにムチャ振りすぎるので目をつむります(えらそう)



にしも、冒頭のあばれ牛のような化け物が倒してみると、虫のような横並びの複眼が光っていて、これ実は蜘蛛の複眼で、リンコがあやつる使い魔でしたーとか、天狗さんが、フクロウベースと思われる鳥人間とか、クリーチャー設定に関しては、ジャパン設定のブレブレに比して、一本筋が通ってて説得力ある。あんなモロ猛禽類な動きする天狗、すごい新鮮。ああ、天狗は巨大フクロウを見間違えたのかもしれないと、山伏装束で赤ら顔で鼻が長くてみたいなステレオイメージを一瞬忘れるくらい。やはり一本筋を通して積み重ねた設定は説得力ある



の、割にアクションが、なんか、こう、あれ。そう、チャンバラじゃない

てか、チャンバラってのも、もうオワコンなんですかね。キアヌが足技絡ませた変則チャンバラをするのは物語的に全然アリなんですが、なんで真田広之までラスボス倒すとどめが体当たりからハイキックで倒してマウントで首獲りなの?

冷静に考えると首獲りのリアルなアクションとしてはかなり正しいんだろうけど、なんでこれもやっとするんだろう?織田信長が女だろうが、本多忠勝がロボットだろうが、まあ、フィクションだしねで許せるのにね

で、辿り着いた結論

ジャパニーズソードがファンタスティックな切れ味を発揮するアクション、すなわちチャンバラがないのが許せない

いくらリアルでなかろうと、チャンバラと言えば、すれ違いざまに一閃、刀を鞘にカチリと収めると同時に敵から吹き出す血しぶき。これ。忠臣蔵が雪(フィクションです)の夜でなくていい、火消し装束(フィクションです)でなくていい、陣太鼓を鳴(フィクションです)らさなくてもいいけど、チャンバラだけははずせない

これ自分の中での再発見

カイがサムライとして認められるイベントとして、血判状のシーンがあって、カイの字がアレだったのがちょっと吹いたりしたけど、厨二ハート的には、敵の大群に囲まれて、キアヌを毛嫌いしてたアレとキアヌが背中合わせになって「おまえになら背中を任せられる」みたいなチャンバラの中で認めていってもらいたいところ



そんなこんなで、もう、ああここ日本じゃないし、ジャパンでもハポンでもジパングでもないわーという気持ちになったので、ラスト・サムライ小雪もしなかった、パシフィック・リムでリンコもしなかった、キアヌと柴咲コウのキスシーンも、おらが国のお姫様が毛唐なんぞに取られてしまうという嫉妬心的なのは特になく。あ、どうぞ、お幸せに。と平穏な心持ちで見られました

全体的にもやっとするのに、切腹シーンの白装束に辞世の句、介錯人なんかは、大石が浅野の介錯するのは、まあ分かりやすいからしょうがないよねえとか、将軍様いちいち切腹ご覧になっててお暇なんですねとか思わないでもないけど、他のシーンに比べるとあんまりもやっとしなくて、どうやらメリケンは、チャンバラよりハラキリのが好きだということがわかりました

しかもキアヌの辞世の句っぽいのを柴咲コウが抱いてて、生まれ変わってまた逢いたいみたいな。なにその「われてもすゑにあはむとぞおもふ」くらいは嗜んでそうな和歌センス、ラストでピンポイントにジャパンソウル来てびっくりだよ

そっかー。メリケンはチャンバラよりもハラキリ、タンカーのが好きなんだなあ。そいやバショーもいたもんね。ハイクーもかー



そんなかんじで、まとめると、逆説的に自分の中の日本が再発見できる映画でした。

劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語見てきました

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語
劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語見てきました

ネットの観測範囲で盛り上がりそうだったので、ささっと公開日に見に行ってきました

以下、
・少々のネタバレくらい大丈夫な人用
・見た人用
となってます。

今放映中のリトルバスターズ!リフレインに若干言及しますので気になる方はご留意ください

以下少々のネタバレくらい大丈夫な人用






























大変すばらしいファンディスクでした。

RPGとかで、ラスボスを倒して世界は平和になりました。めでたしめでたし。でもテレビゲーム初期は俺達の戦いはこれからだぜとプレイを続けたものです。レベルカンスト、アイテムコンプ、タイムアタック。初回ではたどり着けなかったあそこには何があるんだろう?絶対倒せないイベントバトルのあいつを倒すとどうなるんだろう?

そういうプレイヤーの欲求に応えて、ゲーム制作側もクリア後の2周目以降のプレイを前提とした世界を実装していきます。裏ボスとか、強くてニューゲームとか、アイテムやイベントのコンプリートリストとか。

まどか☆マギカのシナリオの出自のエロゲでも、個別ヒロインとのハッピーエンドをすべてクリアすることで開放される真ルートという構成が出始め、「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」でブレイクします。

商業的に成功したゲームは続編が出るのが常ですが、エロゲは人気がキャラクターに依存するせいか、続編がヒロイン総入れ替えで人気イマイチだったりして、人気作はガチの続編ではなくスピンオフが出され、それらの多くはファンディスクを名乗ります。

普通のエロゲーはファンディスクで人気ヒロインとの関係を掘り下げるシナリオとなるのですが、いわゆる「シナリオがいい」と評されるループ構造がシナリオ本筋に大きく関わってくるタイプのエロゲは、ファンディスクで物語のループ構造がプレイヤーにとって既知なのを前提にメタ展開するシナリオを仕掛けてきます。

シナリオ本編を終え、物語構造が分かっているからこそ楽しめるハイコンテクストなシナリオ。まさしくファンのためのシナリオでありファンディスクです。

このジャンルで個人的に印象に残っているのが、と、ここに列挙するだけである種のネタバレになる気もしますが、まあいいか、Fate/hollow ataraxiaとか、智代アフターとか、ひぐらしのなく頃に礼 賽殺し編とか、リトルバスターズ!エクスタシーとか、マブラヴ ALTERED FABLEとか。

今回の劇場版まどか☆マギカ。スピンオフと言ってしまえばいいんですけど、エロゲ好きの感覚としてある、これは素晴らしいファンディスクだなあというのを伝えたくて、なんか長々と書いてしまいました。

以下見た人用






























映画冒頭から魔法少女5人戦のチーム戦。まどかの長弓とマミのマスケット銃の遠距離ツーマンセルで敵を追い込み、さや杏の近接ツーマンセルで仕留める。ほむほむは時間圧縮でブースト

TVシリーズ前半見てた頃はOP見ながらこういうのを想像してたのですが、物語進んでいくうちに、あ、5人戦になった時点でバッドエンド確定ルートだと分かって諦めてましたが、この目で見れて嬉しいです

バスが見滝原から出られないというのもループものでは分かっちゃいるけど燃える描写。そいえばリトバスリフレインも6月20日から先に進まないところやってましたね。綺麗に終わるか楽しみです

マミv.s.ほむほむの、マスケット銃v.s.サブマシンガンってのは、僕は予想してなかったんですが、武器マニアからすると見たいカードだったのでしょう。マスケット銃なんて単発でノーライフリングノー命中率の火縄銃を魔法の力で戦列配置し集中砲火。単発?命中率低い?なにそれおいしいの攻撃に対し、科学の力でコンパクトに連射可能になったサブマシンガン。さらに時間ブースト付き。これは熱い。そして武器マニアの熱い解説が読みたい

TVシリーズのまどかが概念化するというラストは、ほむらによる時間ブーストが可能にしたとは言え、あのまどかにとっては1巡目の世界であり、14歳の少女にその決断を押し付けるのは酷ではないかという指摘を見たのですが、その点は虚淵先生も考えたようで、フェローが入る

「そんなほむらちゃんも耐えられない世界、わたしだったら泣いちゃうよ(うろ覚え)」

「私は止めるべきだった」

ワルプルギスの夜に敗れ、二人で円環の輪を抜け出す選択もあったことを思い出すほむら。しかし、その選択が本当にできるのか?という自問自答がまどかに銃口を向けて震えるシーンに集約されます

泣くね。泣いたね。



ラストの解釈がまだちょっとまとまらないんですが、概念化したまどかのことを知るほむらがたった一人で魔女化寸前で戦い抜くTVシリーズラストほど綺麗じゃないですが、このビターなラストのが魔法少女たちにも見ている僕らにも救いがあるんじゃないかなと思いました。

もう一度見に行きたい

稲村ジェーンを弾いてみた


【cover】稲村ジェーン【弾いてみた】 - YouTube
久しぶりにサザンの稲村ジェーンを聞いたら、なんかイントロが弾けそうだったのでギター引っ張りだしてポロポロ。この爪弾きしながら弾き語りするのはしばらく練習必要そうなので、歌とギターと別で録音してみました。

歌録ろうとマイクスタンドに使ってる1000円のカメラスタンドをセットしたら壊れてしまって、しょうがないので、ポップガードとショックマウント付いたマイクを手持ちで録りました。

今度は軽くて丈夫でコンパクトに畳めるマイクスタンドが欲しいです。

とりあえずiMovieの素材で動画を作ってみました。手抜きなので歌詞すらなし。

ミックスボイスの練習をするようになってから、いろんな歌手がどこで切り替えてるのか気にするようになりましたが、桑田佳祐さんはよく聞いてみると意外と低い音域からミックスボイスを混ぜる歌唱をしていますので、倣ってみました。ただpor esso!がひっくり返ってちょっと恥ずかしい。あとスペイン語がまだ適当。

イントロのギターはAm→Fの繰り返しなんだけど、1,2弦は同じパターンで5,6弦のベースが動いていく感じ。Aメロも同じようなパターンでベースがAm→F→Gと動いていくけど、1,2弦は一緒。フラメンコでよく聞く気がします。慣れて乗れてくると気持ちいい。もっとカッチリ弾けるとさらに気持よさそう。

サビ前のF→E7もフラメンコ風だよなあと思って、Fの1,2弦を開放で弾いてます。もう少し派手なラスゲアード(フラメンコギターのすごいかき鳴らし)ができると決まりそう。

使用機材

ギター: Traveler Guiter Ultra-Light Nylon
安くて小さいけど、フルスケールのエレガット。もう少しマシなギターが何本かあるのですが、手軽なので一番触ってる時間が長いです。

マイク: RODE NT1-A
ボーカル用に普通にSM58でも買おうかと思ってたら友人に勧められて購入。歌もなんかいい感じに録れるし、アコギもなんか綺麗に録れるよ!(比較対象が耳にないので語彙が貧しい)

オーディオインターフェース: UA-25EX
INPUT2とMIDIが付いてるので一人宅録には必要十分。普段もヘッドホンでアニメや音楽鑑賞に使用。デフォルトのヘッドホン端子と比べると結構違います。

DAW: Logic Pro 9
プリセットほぼそのまんま利用の手抜きミックスだけど、設定をメモ
ギター、歌ともに、コンプレッサー→イコライザー→リバーブの順で挿入
コンプレッサー: Compressor
  ギター: Platium Acoustic Guitar 02
  歌: Type R Vocal 02
イコライザー: Channel EQ
  歌: 3.5kHz あたりをちょっと上げ
  ギター: 200Hz, 5kHzあたりをちょい上げ。ドンシャリ狙い
バーブ: Space Designer
  ギター: 0.3s Jazz Guitar Room
  歌: 2.6s Vocal Plate

パシフィック・リムって3部作っぽい

パシフィック・リム見てきました。

公開中の映画の感想を書くときは、ある程度の改行を置いてネタバレ対策をしているのですが、今回はネタバレ感想書く前に言っておきたいことがあります。

パシフィック・リム面白いので見ましょう。

あ、話の流れでグレンラガンまどか☆マギカについて多少ネタバレを含んでいます
























事前情報が、「芦田愛菜ハリウッドデビュー作品」くらいだったので、リンコとマナ。あとネネさんがいたらラブプラスだね。ああ、マナじゃなくてマナカか。ははは。くらいの軽い気持ちで見に行ったら、大変おもしろかったです。

随所に日本特撮作品に対するリスペクトが感じられる怪獣v.s.巨大ロボットものでした。と、言っても特撮モノってあまり見てないのですが。

この手の作品を見る時のヲタという人種は、えてして「こいつ、わかってねえなあ」とぼやきツッコミをする機会を虎視眈々と狙っているものだと勝手に思ってまして、きっとSF者とか、シャーロキアンの時代から変わらない習性なんだろうと想像するのですが、畑違いヲタ(得意ジャンルは主に女の子がかわいいアニメです!)の自分ごときだと、細かいツッコミが思いついても、「そのツッコミを消化すると、作品が深く、面白くなるのか?」と、自問すると、ぐぬぬ。口がミッフィー。完敗。

最初に見たのが字幕版でしたが、吹き替えキャストが豪華だと聞いて、3D吹き替えで再度鑑賞。

メカニックのリーゼントに蝶ネクタイにサスペンダーのテンマが千葉繁さん。ああ、ぴったり。でももうちょっとテンション高くても良かったかも。マコの林原めぐみさんも菊地凛子本人の声と比べてもかなり低めのチューニングで芝居してて、全体的に落ち着いたトーンで統一してる感じ。

博士コンビの古谷徹さんと三ツ矢雄二さん。ストーリーの怪獣方面の謎解きが主にこの二人によって語られますが、退屈になりがちな設定説明も演出と二人の芝居ですんなり頭に入ります。

おやっさんポジションの池田秀一さんがさすがの貫禄。字幕版見たときはラストで長官代理に収まってたのに若干違和感あったのですが、池田声で「タイマーを止めろ!」と言われるとそんな違和感は吹き飛ぶます。

そして玄田哲章の黒人司令。最終戦前にパイロット復活。そして演説。そう、これだよ、これ。最終戦前はベテラン声優のいい声による司令の大演説ですよ。アニオタ大歓喜。

字幕版も面白かったけど、吹き替え版は声オタにとって至福の時間でございました。

以前洋画の吹き替えに、話題作りのために声優ではなく、アイドルや芸人を起用する是非がネットで話題になってました。

結論としては、合ってればそれでいいのですが、このパシフィック・リムみたいな作品をこういう豪華キャストで迎えてギジェルモ・デル・トーロ監督の熱意を受け止めてくれた日本版スタッフは大変よい仕事でした。そして、ケンドーコバヤシさんは上手でした。



大変面白かったのですが、翻ってリスペクト元の邦画でこれができるかって考えると、なかなか難しいところで。これ、ロボットアニメや特撮ヒーローで2時間半でやる内容じゃないですよね。

冒頭のイエーガー誕生から主役機ジプシーの快進撃、そしてアニキ死亡まででたっぷり1シーズン使いそう。最低1クール。アニキがあっさり退場した印象のあるグレンラガンでも「あばよ、ダチ公」が8話です。

そして主役放浪から再起動。香港に世界各国各世代のイエーガーが全集結し夢の共闘。さらに1シーズンたっぷり使いそうです。

2シーズンラストで、最終作戦目前にオヤジ脱落。補充パイロットにはまさかの司令復活。

そして完結編は劇場版。

みたいな妄想が浮かびましたが、今どきのコンテンツ消費スピードだと、ちょっと色々と保たないとしても、それくらいの規模の物語を単一のオリジナル劇場作品に詰め込むパズルみたいな脚本術ってのは日本のエンターテイメント業界にはなさそうです。

日本コンテンツの脚本が弱いという指摘はちょくちょく見まして、その理由も色々考えられるのですが、僕の思いつき仮説の一つに「漫画・ゲームが強くて、脚本を切り詰める要求が薄かった」というのがあります。

漫画が長期連載化していく原因は緻密な描写が要求されるようになったことと、商業的に人気の安定しているコンテンツを終わらせたくないという2点が大きいと思います。

となると脚本術としてはいかに引き延ばすかという点が重要で、読者を惹きつける引きで次号に繋げ、印象的な引きには、それに見合った意外性のある受けがないと飽きられます。人気がある作品の続編を出したいけど、本編が綺麗に終わりすぎててどう逆立ちしても書けないので、過去編を始めたり、世代を変えたり、サブキャラ主人公でスピンオフしたりなどなど。もちろん日本漫画だけでなく海外コンテンツにもある悩みですが、漫画のアニメ化や実写化の際に、こうした大きな物語を2時間で完結するようにパズル的に再編成する技術はあまり重視されてこなかった気がします。

ゲームもフルプライスでどれだけ容量食ったデータが突っ込まれてて長時間遊べるかというのが、ゲームの価値を物量で判断する際のモノサシになりやすいので、シナリオに関しても短時間に詰め込むよりは、いかに長時間プレイに引き伸ばせるかという脚本術になりがちじゃないかと。

ゲーム構造としてのループを物語構造として再構築したエロゲを中心に発達したループ物語も引き伸ばし術の一つかもしれませんが、そんなエロゲ畑の脚本家でありながら、虚淵玄さんはループ物語をまどか☆マギカで1クールアニメとしてしっかり表現しきったことが大変素晴らしいなあと思います。

ちょっと話がそれましたが、パシフィック・リム。大変素晴らしい怪獣ロボット映画でした。面白かったです。

風立ちぬのヒコーキとか声優さんとか

風立ちぬ見て来ました。
「主役の声がエヴァ庵野監督」
とネットニュースの見出しが目に入っても、一瞬何かの誤植なのかと思いましたが
「新作ジブリ映画の主役の声は、エヴァなどの監督で有名な庵野秀明氏が起用された」
という事実を把握するに至って、ああそれも面白いかもしれないなと普通に受け入れてしまいました
なんかもうね。僕、庵野信者でいいや

以下映画本編内容につき若干の改行























前回の崖の上のポニョはアニメーションとしてはぬるぬる動いて素晴らしいんだけど、本編のストーリーがなんかよくわかんない。いや、大筋はだいだい分かるんだけど世界設定の説明が全くなく。でも、キャラクターや出来事が寓話的な思わせぶりな配置をしてるので深読みできそうなんだけど、ちょっとあまりにノーヒントすぎるだろうとモヤモヤしてたけど、やー大海嘯すげーからまーいっかーと思考停止していました。

なので、今回もアニメーションとしてすごいヒコーキぴゅーぴゅーギュインギュインしてればいいやーくらいの心のハードルで見に行ったので大変楽しめました。

冒頭から夢の中のヒコーキ。少年二郎が学生服でヒコーキに乗る、あからさまな夢のシーン。でもエンジンスターターのヒモっぽいのを2回引っ張って、なんかのスイッチを入れてエンジン始動。火が入って振動していく描写がしっかり描かれる。

ポニョの人が乗れる巨大ポンポン船とかもそうなんですが、こうした宮崎アニメのメカ描写のリアリティって、もしかするともうオンリーワンかもしれないなあってふと思いました。

今だとメカって3Dモデリングが主流になってるので、エンジン始動って光や煙のエフェクトとか、もっと凝った描写なら内燃機関のピストンを透過で3Dで描くかみたいな方向になるんじゃないかなあ。エンジンが震えるさまを3D使わず手書きアニメで描くのは、もう伝統芸能の部類かもしれない。

ポニョの大海嘯にしろ、3Dモデルで沿岸部作りこんでどっぱーんとぶち壊すことはせず、あくまで手描きアニメ。でもすごい迫力。宮さんはiPadを指で擦るのが自慰行為みたいで気持ち悪いとまで仰ってますが、現代テクノロジに対して並々ならぬ敵愾心は、作品からもこうして漂ってきている気がします。こういう技術のある御大はまだ他にもいるのかもしれないけど、現役で制作に潤沢な資金が使える立場にいるのはもしかするともう宮さんだけなのかもしれない。

思い返せば、カリオストロの城もルパンと次元がじゃんけんして負けた次元がパンク修理するところから始まります。その後劇中パンクなんか無縁の荒唐無稽カーアクションをするのに、いや、するからこそ、冒頭でパンク修理という自動車の手触り感を描いているのかもしれません。

あまり僕は軍事方面詳しくないので、航空機のフォルムを見て、これがこれというのが分からないのですが、本編中ほとんどモデルとなった実機はあるでしょうが、基本宮さんのかんがえたすごいヒコーキだったんじゃないかなと思います。

史実を元にと言いつつ、メカニックのリアリティがあればこまかいことはいいんだよって辺りが、アニメーションという言葉の元々の命を吹き込むという意味で、これはすごいアニメーションなんだなあという当たり前というかトートロジーな感慨を持ちました。

あと、ポニョで気になった丸投げ世界設定についても、今回風立ちぬは、史実が元だから、あとは適当にやっといてと、全然史実じゃないのに丸投げ。同じ丸投げでも老獪度が増しています。

まあでも世界設定説明なんて無ければ無いに越したことはないんですよね。退屈だし。

二郎の幼少から軽井沢で奈緒子と再会するまでのテンポよい省略は、むしろ昔の洋画のような気持ちよさ。あとは各自で色々補完すればいいんですよね。



アニメーションとしては、そんなところで、あとはやっぱり最初のフックになってた声優さんの話。

庵野さんの喋りはナウシカDVDのコメンタリとかで、「宮さんって『メーヴェにこんな大股広げて乗るなんて、この娘はなんてはしたないんだ!』とか言いながらすっごい嬉しそうに描いてるんですよ。あー、この爆発も俺書きたかったんだよね」的なことを甲高い早口のヲタ喋りでしてたのを聞いていたので、かなり気持ち悪い仕上がりになっている覚悟もしていましたが、思ったより落ち着いた芝居。というか単に棒。

でも、この棒が庵野さんだと思うと、スケジュールに追われ、資金繰りして絶対に興行的に失敗できないプレッシャーの中でエヴァQみたいな、面白いけど、いいのかこれ?という、作家性の高い作品を作る庵野秀明と、技術者堀越二郎が繋がってしまい、えらく身近な存在に見えてしまう。

というか庵野さんって、そういう視聴者にとって身近に感じる作風なのかもしれない。「これだからアンノは」的な言説をみんながしてしまう感じの。そのキャラクターがヘタな芸能人を連れてくるより強力かも。風立ちぬで観客に想定されてるだろう僕らオタ周辺趣味の人にとっては、若手イケメンアイドルよりもお笑い芸人よりも、そしてこれは一アニオタとしては複雑であるんだけど、ベテラン声優さんより、庵野さんのがキャラが立ってる。

ちょっと堀越二郎の声をベテラン声優で脳内再生してみる。エンジニアって設定から、パトレイバーのシバシゲオこと千葉繁さん。

オタっぽい甲高い早口を芸の域まで高めてらっしゃいますが、作中堀越の飄々とした感じとはちょっと遠いなあ。上司の黒川とかだとハマりそう。

もうちょっと飄々としたエンジニアってイメージから、宇宙兄弟のムッタ。ワンピのサンジやパイレーツオブカリビアンのジャックスパロウとかの平田広明さん。

飄々とした「やれやれ」感に個人的に定評がありますが、どうも吸いも甘いも噛み分けた世慣れたオヤジ風が強くて、堀越の木訥とした感じとはちょっと違うかなあ。

もう、じゃあ個人的な声優の神様、山ちゃんこと山寺宏一さん。僕の妄想の中では外郎売りを100種類以上のパターンで演じられるイメージですが、エヴァの加持さんベースにもう少しマジメな感じで脳内再生。

あー、なんか僕の中ではしっくりくる。木訥として起伏の少ない表現の中で、喜怒哀楽を細やかに表現する山ちゃんが演じる堀越の声が聞こえる。というかこの方なんでもやれるし、というか前述したクラスのベテランは基本なんでもできるんでしょうけど。

でもそれでいいのかっていうと、見てみたいけど、なんか違う。アニメーション自体が既に人物に豊かな感情表現をしているジブリ作品にそういう芝居乗せると過剰ってわけじゃないけど、そこに国宝級職人を連れてくるより、観客にとって既にキャラの立ってる人を連れてきたほうが、興行的なことまで含めたコスト配分としてはバランスいいんじゃないかなあ。



まあそんなことがモヤモヤしましたが、全体としては宮さんのすごいヒコーキがたくさん見れたので面白かったです。

ごんぎつねの死亡フラグ

ごんぎつねが話題になっていました
小学生が書いた「ごんぎつね」の感想で議論勃発 ごんは撃たれて当たり前?

 覚えていない方のために簡単にあらすじをご紹介。いたずら好きなきつねのごんは、ある日兵十が病気の母親のために用意したウナギをわざと逃がしてしまいます。ところが、その後母を失って落ち込む兵十を見てごんは反省、償いのために魚や栗を兵十の家に届けはじめます。しかし、そうとは知らない兵十はごんがまたいたずらをしにきたのだと勘違いし、ごんを火縄銃で撃ってしまう。そこではじめてごんが食べ物を運んでくれていたことに気付くというお話です。

着火点となった2chのスレッドの>>1が以下。

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/05/08(水) 16:11:26.76 ID:0SLw7FB7O全文まるまるは無理だから要点かいつまむ

・やったことの報いは必ず受けるものだ
・こそこそした罪滅ぼしは身勝手で自己満足でしかない撃たれて当たり前

勿論身勝手やら自己満足なんてワード実際に使っちゃいないぞ
文章読んで端的に言うとそういいたいんだろうってことな
特に二つ目が物議を醸しているらしい・・・

「こそこそした罪滅ぼしは身勝手で自己満足」の裏には、人間と狐でコミュニケーションが可能であるという前提が必要です。

ごんと兵十はコミュニケーションが可能だったのでしょうか。

兵十がごんが運んでくる栗を不審がることを加助に話すと、加助がそれは神様のしわざだと結論付けるシーンがあります。

それを聞いたごんは

ごんは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、栗や松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、神さまにお礼をいうんじゃア、おれは、引き合わないなあ。

という思いを抱きます。これだけ見ると、ごんは人語を解しているように見えます。(人間→狐○)ただ、人語を話して人間とコミュニケーションが取れるかは不明です。(狐→人間?)

ごんぎつねの冒頭は

これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。

と、茂平からの伝聞という形式を取ります。そもそもごんが人語を解していたという描写も茂平が盛っていたかもしれません。

昔語りをしていて、聞き手の子供に「なんでごんはそんなことをしたの?」という質問に答えて「そんときごんはこう思っていたのかもしんねえなあ」と付け加えるうちに、それが既成事実化していく感じ。

昔話と言えど人と獣が話をするには、なんらか理由が必要な場合が多いです。

生まれつきの特殊能力とか、便利アイテムとか、神様のきまぐれとか、そんなん。

なので、ごんと兵十はコミュニケーションはできなかったんだろうなと、長々書いた割りにはつまらない結論。

雪女や鶴女房などの異種婚姻譚は「決して見てはいけません」「決して話してはいけません」などの禁止を破って正体がバレると破綻フラグなところ、ごんは前述の通り

ごんは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、栗や松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、神さまにお礼をいうんじゃア、おれは、引き合わないなあ。

自分から正体をバラしたい欲求を持ってしまったのが死亡フラグだったのでしょう。

本編は以下より引用
青空文庫 ごん狐 新美南吉