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中国語の部屋のチャイナ服少女【トランセンデンス感想】

20140721230223映画『トランセンデンス』公式サイト “超越”ヒット中!

トランセンデンス見てきました。途中からネタバレが入ります。

以下シネマトゥデイより引用
映画『トランセンデンス』 - シネマトゥデイ

ダークナイト』シリーズなどのクリストファー・ノーラン監督が製作総指揮を務めるSFサスペンス。亡き科学者の意識がアップロードされた人工知能が進化を果たし、人類や世界を混乱に陥れていく。メガホンを取るのは、『インセプション』『マネーボール』などの撮影を手掛けてきたウォーリー・フィスタージョニー・デップモーガン・フリーマンら、実力派スターが顔をそろえる。電脳化が進む現代に警鐘を鳴らす物語と鮮烈なビジュアルに息をのむ。

メメントインセプションバットマン3部作と、今まで見たクリストファー・ノーラン作品は全部ヒット。監督ではないけど、マン・オブ・スティールも良かったです。なので、彼絡みの作品はなるべく見ようとしてます。とは言え、今回はノーランが製作総指揮だというのはエンドロールで初めて知った体たらくなのですが……。

同じくシネマトゥデイよりあらすじ。

人工知能PINNの開発研究に没頭するも、反テクノロジーを叫ぶ過激派グループRIFTに銃撃されて命を落としてしまった科学者ウィル(ジョニー・デップ)。だが、妻エヴリン(レベッカ・ホール)の手によって彼の頭脳と意識は、死の間際にPINNへとアップロードされていた。ウィルと融合したPINNは超高速の処理能力を見せ始め、軍事機密、金融、政治、個人情報など、ありとあらゆるデータを手に入れていくようになる。やがて、その進化は人類の想像を超えるレベルにまで達してしまう。

ジョニー・デップというと、普通のイケメン役をやりたがらない、こじらせスターで、ティム・バートン監督作品でキワモノキャラを嬉々として演じるイメージで僕の中で固まっています。

本作品も、ボサボサ頭に無精髭の冴えない科学者然としたキービジュアルで、監督はティム・バートンではないですが、ジョニー・デップ通常運転みたいで安心です。ヒロイン役のレベッカ・ホールは、調べたらアイアンマン3でも科学者役で出てたのですね。全然気が付かなかったです。

以下ネタバレ。





もし、コンピュータに科学者の頭脳をインストールしたら――

キリストになる。

という、シンプルな映画に見えました。

異なるドグマ(教義)の新しい宗教的指導者が現れ、身体の不具を治す奇跡などを起こし信者を増やすも、旧支配層によって磔刑にされました。そんなお話。

最後エヴリンが裏切り、コンピュータウイルスを仕込む辺りもユダの裏切りっぽく感じました。

タイトルのtranscendence(超越、卓越、優越)からして、超越した人類。ポスト・ヒューマンを描きたかったと思うのですが、昔からある、すごいマザーコンピュータがあって、人類が制御できなくなって云々というターミネータースカイネット的な話とどう違うんだろう? あまり変わらないんじゃないかなあ。という印象でした。

最後、エヴリンの頭脳もアップロードされて、ネットワーク上に複数の人格が存在するとどうなるの?という辺りまで踏み込んでいたらポスト・ヒューマンもののSFとして興味深かったかもしれないなと思います。



とは言え、映画レビューでこうやって、やれ新規性がないだの、SFというのはこうあるべきだのと言った論を展開するのは、僕の嫌いな面倒くさいSFファンそのものですし、そもそも僕もそんなに偉そうに語れるほどSF詳しくないので、もう少し作品内容に沿って広げられるところを広げて行きましょうか。



作中で、過激派グループに追われるエヴリンを逃がすために、すでに人工知能と化したウィルが一時的に身を隠すための宿を予約します。その予約名が「チューリング」でした。

チューリングといえば、アラン・チューリング。コンピュータの父です。この名前を選んだのはウィルのユーモアでしょう。

アラン・チューリング - Wikipedia

同性愛の罪で逮捕され、青酸中毒で自殺という寂しい最期ですが、華々しい功績が多数あります。

第二次大戦時、ドイツの暗号機エニグマを解読するボンベを開発。

コンピュータを数学モデル化した、チューリング・マシンを定義。

そして、人工知能を評価する実験方法として、「チューリング・テスト」を提案。

このチューリング・テストが彼の業績の中でも本作品と関わりが深いです。

チューリング・テスト - Wikipedia

人間の判定者が、一人の(別の)人間と一機の機械に対して通常の言語での会話を行う。このとき人間も機械も人間らしく見えるように対応するのである。これらの参加者はそれぞれ隔離されている。判定者は、機械の言葉を音声に変換する能力に左右されることなく、その知性を判定するために、会話はたとえばキーボードとディスプレイのみといった、文字のみでの交信に制限しておく。判定者が、機械と人間との確実な区別ができなかった場合、この機械はテストに合格したことになる。

要は、人間と機械を対話させて、人間か機械か判断つかなかったら合格。その機械は「知的」である。ということです。

チューリングの時代は音声合成技術とか現実味ない頃でしたので、文字コミュニケーションに限定していますが、作中、ウィルがアップロード作業中に英単語の羅列を辞書順に発音するシーンがあって、おお、ジョニデロイド作るには必要な作業ですよね! と、ボカロ厨的にキュンとしました。起動直後の発声が不明瞭なシーンとかもキュンとしました。声オタですから。

作中で人工知能に対して「自らの自我を証明できるか?」「難しい問題ですね。あなたはできますか?」というやりとりが2回あります。正直2回めはもう少し気の利いたアレンジをしてほしかったですが。

ここで自我は知的と同義で使われていると思われます。

この辺、欧米は自我の有無に非常にこだわるような気がします。

これが日本のドラえもんであれば、のび太くんが、「ドラえもん、君は自らの自我を証明できるか?」と尋ねたところで、「のび太くん、変なものでも食べたのかい?」辺りの返事が返ってきそうで、疑われるまでもなく自我があります。

日本だと付喪神、九十九髪などの、99年使った道具や、99年生きた動物が自我を得る民間伝承に代表されるように、その辺り、あっさり受け入れてしまう印象。

作中、人工知能となったウィルが目指すユートピアが、本当に生前のウィルが望んでいた世界なのだろうかという疑念の形で、ウィルの自我が疑われます。

争いのない誰もが平等な世界はエヴリンが求めたものだろう、そもそもウィルは世界に興味はなかった。人工知能はウィルの人格を投影しただけで、エヴリン自身が生み出したのではないかという疑惑です。

この疑惑はラストで、断末魔のウィルが、エヴリンが望んでいた世界を作っただけのことだと諭すシーンで、人工知能はウィル自身の自我であるという結論を見ます。

これも魔女裁判で、石を抱いて浮いてこなかったら魔女ではなく人間、という、死んだから人間論法でちょっともんにょりするんですけど。

チューリング・テストと言えば、最近のニュースで、チューリング・テストに合格した人工知能が遂に出たというものがありました。

史上初:人工知能の13歳の少年、チューリングテストに“合格” - ITmedia ニュース

これに対して、まだ気の利いた返しをするだけのbotにすぎないという反論もあります。

史上初のチューリングテスト合格者「Eugene」はテストに合格していないと著名な専門家たちが指摘 - GIGAZINE

twitterでフォローしてた人が実は人間ではなくbotだったという話もありまして、対面で1対1で話していたら気付くような違和感があっても、twitterの流れの中ではさして気にならず、ふとbotと知ってびっくりするという体験はちらほらあるようです。

このチューリング・テストに対する反論として有名な思考実験があります。

中国語の部屋 - Wikipedia

ある小部屋の中に、アルファベットしか理解できない人を閉じこめておく(例えば英国人)。この小部屋には外部と紙きれのやりとりをするための小さい穴がひとつ空いており、この穴を通して英国人に1枚の紙きれが差し入れられる。そこには彼が見たこともない文字が並んでいる。これは漢字の並びなのだが、英国人の彼にしてみれば、それは「★△◎∇☆□」といった記号の羅列にしか見えない。 彼の仕事はこの記号の列に対して、新たな記号を書き加えてから、紙きれを外に返すことである。どういう記号の列に、どういう記号を付け加えればいいのか、それは部屋の中にある1冊のマニュアルの中に全て書かれている。例えば"「★△◎∇☆□」と書かれた紙片には「■@◎∇」と書き加えてから外に出せ"などと書かれている。
彼はこの作業をただひたすら繰り返す。外から記号の羅列された紙きれを受け取り(実は部屋の外ではこの紙きれを"質問"と呼んでいる)、それに新たな記号を付け加えて外に返す(こちらの方は"回答"と呼ばれている)。すると、部屋の外にいる人間は「この小部屋の中には中国語を理解している人がいる」と考える。しかしながら、小部屋の中には英国人がいるだけである。彼は全く漢字が読めず、作業の意味を全く理解しないまま、ただマニュアルどおりの作業を繰り返しているだけである。それでも部屋の外部から見ると、中国語による対話が成立している。

漢字を全く読めない人が、全ての問に答えるマニュアルに従って書かれた通りに返答をすると、傍目には筆談が成立しているように見えるけど、中の人は漢字を全く理解していないので「知的」であるとは言えないという思考実験です。

中の人は「知的」でないが、そのマニュアルを含んだ装置全体は「知的」であると言えるという反論があったりするようで面白いです。



ちなみに、全ての問に対して理想的なツンデレ返答ができるマニュアルに従って書かれた通りに機械的に返答する、チャイナ服の少女は「知的」か否かといえば――

知的であるとは言えないが、機械的に意味もわからずツンデレ返答する少女という存在は萌え以外の何物でもないと断言せざるを得ないっ……。